神は美徳に向かう人間と悪徳に向かう人間と二つのタイプの人間を造ったが、善と悪の両方によって世界のバランスを取ろうとする企図がおありだからであろう。そうであれば、キリスト教が定めた美徳の勧めを偽善的に守ることも一つの生き方であろうが、悪徳に徹することも世間でいう神の栄光を表すための一つの生き方であろう。


私はこうした種類のことで考え得ることは全て考えた。しかし考えたことを全て実行したわけではなく、これからも勿論実行しないだろう。私は犯罪者ではなく、人殺しではなく、一個の啓蒙的無神論者に過ぎない。


人間とは何であるか?人間と植物とのあいだ、人間とすべての地球上の動物とのあいだには、いかなる相違があるのであるか?断固として、いかなる相違もない。彼らと同様、繁殖し、生育し、衰亡して行くのである。