仏教




善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや


わが心のよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人、千人をころすこともあるべし




うろじより むろじへ帰る 一休み
雨降らば降れ 風吹かば吹け

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春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて冷しかりけり


濁りなき心の水にすむ月は波もくだけて光とぞなる


仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己を忘るるなり、自己を忘るるといふは、万法に証せらるるなり。




人間をもって万物の霊長と認めるものは、仏陀を発見することはできないであろう。しかしながら、人間が霊長であるという証明があるかといえば、けっしてそんなものはない。もし理論的に証明を求めるならば、われわれ人間の不完全なことは容易に証明することができるだろう。


他人の名誉を見れば、ただちにそれに競争しようとし、他人の財産を見れば、ただちにそれに競争しようとし、他人の実力を見れば、ただちにそれに競争しようとし、他人の門閥を見れば、ただちにそれに競争しようとし、他人を見れば、ただちにその歓心を買おうとし、人を見れば、ただちにその機嫌を損じまいとし、上を見れば、ただちにそれを追い抜こうとし、下を見れば、ただちにそれに追い抜かれまいとする。


生だけがわれわれではない。死もまたわれわれである。われわれは生と死をともにもつものである。

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