日本哲学

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新版 合本 三太郎の日記 [ 阿部 次郎 ]
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自分がこの覺え書を書くのは主張するためではなくて整理するためである。新しき眞理を發見するためではなくて、古き眞理を一層明瞭に把握するためである。


生きる爲の職業は魂の生活と一致するものを選ぶことを第一とする。然らざれば全然魂と關係のないことを選んで、職業の量を極小に制限することが賢い方法である。魂を弄び、魂を汚し、魂を賣り、魂を墮落させる職業は最も恐ろしい。
俺は牧師となることを恐れ、教育家となることを恐れ、通俗小説家となることを恐れる。


奉仕とは「己れ」を捨てて「己れ」ならぬもののために盡すことである。服從とは「己れ」を捨てて「己れ」ならぬものの意志に從ふことである。奉仕も服從も、共に「己れ」の否定を意味する點に於いて共通なるものを持つてゐるが故に、我等は往々この兩者を混同して、あらゆる場合にその對象の意志に服從することを以つて、その對象に奉仕する所以の途であると思惟する。


山形県出身の哲学者の阿部次郎が書いた日記です。

阿部次郎の東京帝国大学の卒業論文は、バールーフ・デ・スピノザについてです。

1914年に『三太郎の日記』を発表し、一躍ベストセラーになりました。

三太郎という、架空の人物が書いた日記です。

kissingではなく、着っ寝具ではなく、ジョージ・ギッシングの『ヘンリー・ライクロフトの私記』と被る。

青空文庫にありますので、時間が空いた時にでも、読んでどうぞ。




暗い暗い、気味悪く冷たい、吐く気息も切ない、混沌迷瞑、漠として極むべからざる雰囲気の中において、あるとき、ある処に、光明を包んだ、艶消しの黄金色の紅が湧然として輝いた。


われらは生きている。われらは内に省みてこの涙のこぼるるほど厳粛なる事実を直観する。


私は人生に二つの最大害悪があると思う。一つは肉交しなければ子供のできないことと、他の一つは殺生しなければ生きてゆけないことである。


私はあの作において、人間の種々の貴き「道」について語り得ていることは私のひそかに恃たのみとしているところではあるが、それは「道」を説くために書いたのではなく、生活に溶かされたる「道」の体験を書いたのである。




死について考へ殊に死の必然性を知り死を覺悟することは人間の貴き特權と考へられる。死の意義ほど自己について深く省察する人にとつて重大なる問題は少いであらう。




九鬼一族の末裔、九鬼周造。

野球好きの方は、福岡ソフトバンクホークスの九鬼隆平選手をご存知かと。

彼も、そうですね。そろそろ一軍にあがってきそうだ。

いきという言葉は、秋本治先生の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で知った。

和服の裏側の見えないところまで、拘るという、なんか良いなあと、子供心に思った。

『いきの構造』は、哲学書に分類されますが、そこまで難しくなく、すらすら読めると思います。

分量も程々で、二時間もあれば読めるかと。青空文庫にありますので、良かったら読んでどうぞ。




生きた哲学は現実を理解し得るものでなくてはならぬ。我々は「いき」という現象のあることを知っている。しからばこの現象はいかなる構造をもっているか。「いき」とは畢竟わが民族に独自な「生き」かたの一つではあるまいか。


「いき」は武士道の理想主義と仏教の非現実性とに対して不離の内的関係に立っている。運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である。


上品とは高雅なこと、下品とは下卑たことを意味するようになる。しからば「いき」とこれらの意味とはいかなる関係に立っているであろうか。上品は人性的一般存在の公共圏に属するものとして、媚態とは交渉ないものと考えられる。


紫のうちでは赤勝の京紫よりも、青勝の江戸紫の方が「いき」と看做される。

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